書籍・雑誌

2009年5月26日 (火)

村上春樹の新刊

えと、今月末発売予定の村上春樹さんのIQ84が既に予約だけで重版決定。上巻で25万冊、下巻で23万冊出るらしい。

ひえぇ。

出版不況だとか、小説はメディアとして終わったとか何とか言われているけれど、それでも力のある作品は人を惹き付ける魅力があるようですね。私個人としては、中身も何も見ないでいきなり買うとかいうことはできなので、また本屋さんに出た後で立ち読みしてから、文章に引き込まれるかどうかで購入を決めようと思いますけど。

でも、ケチるわけじゃないけど、ハードカバーってかさばるから好きじゃないんですよね。文庫版が出るまで待つか。

村上春樹さんは、初めてアメリカに行った時に凄く人気があることにけっこうびっくりしてしまったことがあったり、イギリスでも普通にヨーロッパの人たちが読んでいたり、その売り上げたるや恐ろしいものがあるのだけれど、でも、この人程、好き嫌いが激しい作家もいないですよね。

日本人でも他に人気作家と呼ばれる人はいるのだけれど、でも、悪口を言われるという点に関しては村上春樹さんの右に出る者はいないのではあるまいか。

アクの強さという点では、同じ村上さんでも龍さんの方が癖が強くてアンチが多そうな印象があるのだけれど、でも、「よくもここまで」と端から見ていて関心するくらいねちっこい悪口を言われているのは春樹さんの方であって、龍さんの方ではない。

なんだか気の毒な話ではある。

私自身、村上春樹さんの人となりはエッセイなんかから推し量る以外には他にないのだけれど、でも取り立ててこの人が悪い人であるとはとうてい思えない。

というか、特に悪気はないのに特定の人たちを意味もなく怒らせてしまう件なんかを読んでいると、自分と共通する点なんかもあったりして、共感する事も多い。多分、私も村上春樹さんもどっか変わり者ってことで共通しているんじゃないかと思う。

まぁ、一種、世の中を斜に見ているところがあって、それでいて周囲から一歩引いたような生き方をしている部分はなんか一緒だなと思ったりする。違いは向こうには物語を書く才能があり、私にはないというだけのことなのだけれど。(って、ちゃんと物語を書いたことがないので、後者については断言できませんけど)

それで、またまたちょっとgoogle先生で村上春樹さんのことを検索していたのだけれど、まーた上野千鶴子ちゃんの発言に行き当たってしまいました。

なんか座談会みたいな感じので、これでもかっていうくらい陰湿な村上春樹さんの悪口が述べられていたのだけれど、この上野千鶴子さんという人の陰惨さと口の悪さだけはある意味感心してしまう。

よくもこれだけ面識のない人の人格をまるごと全否定して、罵ることができるものだと思う。まぁ、この人は悪口を言うのが仕事みたいなもんだから仕方がないのかもしれないけれど。

涼しい所で静かにちょっとのんびり本を読んでみたいなぁと思う今日この頃。

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2008年8月 1日 (金)

映像化の難しい作品

えと、最近、ちょっと英語の文章を読んだり書いたりするのにややお疲れモードだったので、「日本語ばっか読むぞ!」と思って、ちょっと本を整理していたのだけれど、英語版のノルウェイの森をちょっと久しぶりに読んでしまいました。

やれやれ(英語ぢゃん)

読み終わったのがちょうど昨晩だったのだけれど、何の因果かノルウェイの森が映画化とかいうニュースが飛び込んできました。

やれやれ。

監督はフランス人のトラン・アン・ユンさんということで、外国人監督というのは意外といいかもと思ったのだけれど、なんかフジテレビも絡んで来るみたいですね。個人的にあまり好きではないのだけれど、まぁ、スポンサーも獲得しなきゃいけないし、他のテレビ局と比べてもフジが一枚上かなって感じがするので仕方がないか。20年前くらいだと毎日放送がよかったのだろうけど。

しかしながら、文学を映像にするのってなかなか難しいものがありますよね。

文学作品として優れていたものが、映像化するとダメになっちゃった例なんて枚挙に暇がないし。

しかも、ノルウェイの森って、「動き」がない作品なので、映像化すると陳腐で眠たい作品になってしまう可能性が非常に高い。監督にかかる重圧は極めて大きい。

淡々としていて、物語性と映像の雰囲気と呼吸だけで一気に魅せてしまう作品というと、私はグッドウィル・ハンティングを思いつくのだけれど、これだけのクォリティーのものができるといいな、とちょっとだけ期待している。(マット・デイモンにやらせてみたら意外とおもしろいのかもしれない)

文体の持つ呼吸だとか世界観は文章という媒体から醸し出されるものなので、それを無理に映像化するのではなく、監督の解釈で突っ走った方がいいような気もするのだけれど、どうなんでしょうね。

時間の限られた映画だと、端折らなければいけないエピソードもいろいろと出て来るんだろうけど、どうなることやら。個人的には、永沢さんが「ギャッツビーを3回読んでいる奴とは友達になれそうだ」と言っていた件、ワタナベくんがハツミさんと会話しているシーンと、緑ちゃんが左翼運動やっている先輩を評して「女の子のパンツに手を突っ込むことしか考えてないのよ、あの人たち」とばっさり言い切ってしまうところと、「ショートケーキを買って来てもらって、窓から放り投げたい」という会話はちょっと入れて欲しいなと思う。あとは、蛍と夜のギターかね?

キャスティングは日本人らしいのだけれど、まぁ、いろいろと新人を抜擢してみるのもおもしろいかもしれない。手垢がついていない感じだし。しかし、女性の登場人物は基本的に濡れ場OKな人じゃないといけないけど、いいのかな?18禁指定になるくらいの事はやって欲しいなと思うのだが。

これはわりと真面目な意見で、基本的に小説を貫くテーマがサバイバルというか、「生と死」に関わるものだし、「生」という実感が一番リアルに生々しく感じられるセックスシーンは、艶かしさと息づかいが聞こえて来るぐらいの方がいいんじゃないかと思う。

「僕が死を一番意識するのは、セックスをする時なんだ」なんちって。

キャスティングを考えてみるのはけっこう楽しいですね。小説だと、登場人物の顔は純粋にイメージだけって感じだけれど、具体的な人物を当てはめてみると、それだけで印象が変わってしまう。

全くの個人的意見を言わせてもらえれば、ワタナベくんは松山ケンイチくんがいいですね。彼の演技力はなかなかのものがあるし、新しい世界観を切り開けるのではないかと思う。「陰」のような部分も演じる力がある俳優だと思うし。

永沢さんは、藤原竜也か玉木宏だといいな。男前ですらっとしていて、哲学があって、頑固で、あまり人に心を開かない感じがあるし。あと、女性に対する冷たさみたいなものも演じられそうなのがよい。

レイコさんは、年配で陰があって、色気のある女優を宛てがわないといけないですね。それにラストでワタナベくんと関係を持つことになりますし。一押しは桜井幸子さんなのだけれど、ちょっと若いかな?後は、富田靖子さんか若村麻由美さん辺りがいいなと個人的に思います。

実は女性の配役で、というかずっと個人的に抱いて来たイメージなのだけれど、レイコさんのトラウマになっちゃったレズビアンの少女の顔は、私の中ではずっとハーフか白人さんということになっています。一番この役をやって欲しかったのは、子役時代のナタリー・ポートマンなのだけれど、ちょっとこの想像はおかしいのかな、という気がしないでもない。うーん、でもなんか「妖精」という雰囲気を持っていて欲しいんですよね。この女の子には。

ちなみに緑ちゃんは、明るくて一本筋の通った感じのあるかわいい女優さんが演じてくれるといいですね。話をしていてスカッとする雰囲気があればいいのだけれど。

さて、仕事しよ。今日は久しぶりにしんたくすをやらねば。

れふとぶらんちこんでぃしょん、しーえぬぴーしー、だゔるえいちあいらんど、ふぁくてぃぶあいらんど、さゔじぇくとあいらんど、あじゃんくとあいらんど、しーえすしー、さゔじぇいしぇんしー、えるえふこぴー、すぷらうてぃんぐ、ぴいえふでぃりーしょん、こゔぁーとむーゔめんと、なるおぺれーたーむーゔめんとetc

なんかを調べないと。

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2006年5月21日 (日)

過去の美化

今、日本で「国家の品格」という数学者の藤原正彦さんの本がベストセラーになっているそうな。

さすがに全容は手に入らないけれど、その内容だとかをある程度まではネットで情報を入手できる。

正直に言うと、この手の言説を見ると「また年寄りが戯れ言を」といった感じになってしまう。

単刀直入に言うと全く共感できないのである。

基本的に過去って美化される傾向にある。その時には嫌なことだとか、気が重くなるようなことがたくさんあったはずなのだけれど、そういった負担が文字通り「過去」のものとなってしまって、それで事後解釈的に分析していくうちになんだか高見から物を言えるような気分になっていくのである。

それに現在・そこにある問題から目を背けるのにとてもいいスケープゴートとなりうる。

まず、昨今の大学の現状を嘆いてetcやっているみたいだけれど、過去の大学ってそんなにいいところだったのかね?

少なからず大変優秀な教授方がいらっしゃったということはもちろん否定しないけれど、その一方で、「研究実績、論文ゼロ、査定ありの学会発表なし、進行している研究なし、授業のやる気ゼロ、威張ることだけ超一流」という「文学部唯野教授」の世界そのままの所ってのが大半だったのではないのかしらね?

それに当時はCVとか研究実績とかは公表すべきものではないという形が取られていたので、学生には何も情報が与えられていないような状況だったわけだし。

先生様のおっしゃることを一言も聞き漏らさず、ありがたく頂戴し、反論は決してしてはならない。

とかいう硬直した世界ってのが、学術的にそんなに魅力的な場所だったのかしらね?

それにせっかく素晴らしい教授に出会っても、「学閥打破」なんだか知らないけれど、みんなで建設作業員のヘルメットを被って、棒きれ持って暴れて、就職活動が始まる頃には掌返したように真面目な格好をして、殴りかかっていた先生の下に「単位ください」だの「卒業させてください」だのと調子のいいことを言っていたわけでしょ?

それに東大の入試を一回反故にしちゃっているわけだし。

なにより、当時年間3万円だかの授業料が5万円に値上げされるとかいうのを「国家権力の横暴だ」などと言って、大学占拠して暴れていた人たちが、真綿で首を絞めるように国公立大学法人の授業料をちょっとずつ値上げしたりしてるわけよね?

そんな人たちが、どんな素晴らしい象牙の塔を築いていたんだか。

昨今の大学生の精神年齢がおこちゃま?

いいじゃん、別に。理不尽な暴力ふるう人たちよりよっぽど魅力的ではないか。実際、青少年による凶悪犯罪の絶対数は圧倒的に減少してるんだし。

最近の若者が切れやすい?「内ゲバ」って形でしょっちゅう殺し合いしてた人たちが言う台詞じゃないよね。

自分たちが研究実績を残してきた?ちゃんと見てみなよ。今の若い世代にも優秀な人ってけっこういるよ。それに、今の自分の知識量から見れば、過去の知識量がなかった頃の評価より辛口になるってことぐらい想像つかないのかしらね?

「武士道精神を思い出せ?」士農工商の身分制度の頃、武士階級の人たちって何%だったのか知らないのかね?

とまぁ、たまには若い世代からも反論しとかないといけないこともあるのかなぁって気がしたのだけれど、ジョークを交えて書くのはちょっと難しいですね。

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